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日付 : 2002年01月11日 (金)
件名 : 映画『メメント』(注:ネタバレあり)
 

 ★映画をまだ見てない人はネタバレしてるので注意です。

 今年初めての映画館。渋谷のパルコの上での単館上映だけど、異常なロングラン。いまさらながらなんだけど、『メメント』見てきました。主演のガイ・ピアースは、『LAコンフィデンシャル』で初めて見た人たけど、あれからいろいろな映画に出てますね。カルバンクラインやアルマーニのモデルさんみたいな風貌だけど、ちょっと神経質そう。それがこの映画にはぴったり。

 かなり好きな映画です。まず、構成に幻惑される。最初はそれに慣れずに苦痛を感じる人もいると思うけれど、前方性記憶障害(発症前の記憶しかなく、新しい記憶ができない。すぐに忘れてしまう。いわゆる記憶喪失=逆行性記憶障害の反対)を持つ主人公の現実を疑似体験できる構成だと思う。

 一緒に映画を見に行った某は、見終わった途端「あんたのつらさがよくわかった」だって。どういう意味じゃ。…でも実際は冗談にできないくらいつらい障害です。以前、前方性記憶障害になった男性のドキュメンタリーをNHKで見たことがあって、見ているだけでも暗くなりました…。毎日、自分の障害のことを奥さんに教えてもらい愕然として、障害が発生した後にできた次女のことを、毎日、あるいは日に何度も「この子は誰なんだ?」と思い、テレビのスタッフは毎回自己紹介をして…聞いているだけで、つらい状況です。

 映画のほうは、実際の記憶障害をデフォルメしてはいるけれど、その苦痛はよく伝わってきました。シンプルな物語かと思ったら、どんどん裏をかかれる。主人公の孤独、苦悩だけに視点を置いて単に「かわいそう…」と思っていると、余計にどんでん返し的な部分がおもしろいと思う。

 ただ、物語が逆行していく構成と、意図的な無機質な演出の中で出される膨大な情報を、一度見ただけでは追いきれないかも。

 それと、英語の公式サイト http://www.otnemem.com/ に映画を見終わった後に行くと隠しストーリーと資料があって、解決どころかこの物語に関してもっといろんな解釈が可能になって、さらなる議論を喚起させる。「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」みたいな趣向ですね。

 どんな議論かというと、奥さんを殺したのは結局誰? レナードの記憶はどこまでが本当で、どこまでが妄想あるいは捏造なのか? レナードとテディはいつから知り合いだったのか? レナードはいったい何人殺しているのか? 強盗&レイプの犯人は誰だったのか? レナードは何故ジミーを殺す前に服を脱がせて自分でそれを着たのか? 映画の最後のほうのフラッシュバックはどういう意味? テディやドッドやナタリーの背後関係はどうだったのか? などなど、もういろんな掲示板で細かい指摘と論争があって、議論しがいのある映画です。

 ★以下は私の勝手な解釈です。

 強盗に頭を殴られて以来前方性記憶障害になったレナードは、その後2年くらい障害と闘っていて、ある時期病院に入院していたが、脱走。その約1年後の話が映画(これは公式サイトでの情報)。記憶は殴られる直前までしかなく、レイプされて重症を負った奥さんが死んだとレナードは信じている(奥さんが生きていたのは、映画の中の「まばたき」と、公式サイトにある新聞記事でわかります)。奥さんは、レナードが以前調査したサミーという前方性記憶障害を装った詐欺師をまねて、レナードが記憶障害のふりをしていると思う。公式サイトにある奥さんのものらしきメモ(レナードをレニーと呼ぶのはテディのほかに奥さんしかいない)で「サミーを覚えてる? レニー。 警察も医者も(事件について)あなたの言っていることを信じないけれど、私は信じてるわ。でも、私は(死んでいると思われているから)数にはいらないわよね。」と語られていることから、以上が推測されます。

 映画でテディが語ることを信じれば、強盗にレイプされて殺されたと思っているのはレナードだけで、実はその後も生きていた奥さんを、奥さん自身の誘導によってインシュリンを過剰投与させて死なせてしまったのはレナード。しかし、その後もレナードの記憶の中では奥さんは強盗犯によって殺されたことになっているので、レナードは殺人犯を追い続ける。テディは当時の事件を担当していた刑事で、レナードを哀れに思い、一度は生き残った犯人をつきとめてレナードに復讐を遂げさせてあげる。そして喜ぶレナードをポラロイドで撮る(テディによれば、これが映画の現在より1年前)。

 しかし、その後、麻薬がらみでレナードを利用することをテディは思いついて、ホテルの部屋を複数レナードの名義で借り、復讐を遂げたことさえも忘れてしまっているレナードに嘘の情報を与え、殺させたい人物のポラロイドをレナードの部屋にしのばせるかなんかして、レナードにさらに殺人を犯させる。(公式サイトにレナードの文字によるメモが「おまえはたやすく操られ、おそらく違う人たちを殺している。自分を止めるんだ。このメモを刺青にしろ」みたいなことを言ってます。しかし、映画の中でレナードはそのメモを刺青にしていない。おそらくレナードは故意にその自分の忠告を無視したと思われます。

 …と、すべてを書くと膨大になるので――私の勝手な解釈の結論は、レナードは途中から、記憶障害を自分に都合よく利用することを覚えたということ。いくら犯人をつきとめて殺して思いを遂げたとしても、10分もすればその喜びや到達感さえ、レナードは忘れてしまう。次の瞬間、または次の日には、記憶は再び事件の夜に戻り、奥さんを失った悲しみと犯人への憎悪は依然と真新しく存在する。…しかし、そこに犯人を殺したと証明するポラロイドがあったら――。彼は「自分は復讐を遂げた」という情報のみを受け取るだけで、その事実に付随する感情(達成感、喜び、充実感など)と細かい記憶(殺した時の様子など)が全くない。――なんともむなしい感覚です。そして目的を遂げた後のレナードはただ意味もなく断片でしかないとぎれとぎれの人生を、ひとりぼっちで続けるしか道がない。

 記憶は保持できないけれど、レナードはメモによって記憶を「作り出す」ことができる。嫌な記憶はメモを抹消すれば消え去り、あってほしい記憶はメモに残せば、それがたとえ嘘でもそれを読んだレナードにとっては「真実の記憶」となる。次の自分に「殺人」という目的を与えるために、生きる意味を与えるために、殺人を犯した後、証拠のポラロイドを焼き払い(映画の中でも、公式サイトの記事にも、焼かれたポラロイドが存在してます。公式サイトでは、映画に出てこなかった男の人たちや車が映っているポラロイドがモーテル発見されたことになっている)、そうやって、レナードはまた新たな犯人探しを続けていたのでは…? と、勝手に思っています。

 ただ、最後の殺人(テディ)のために、レナードは車の番号を刺青にしているので、もう新しい犯人は探せないだろう――とも思われるんだけど、テディの車が誰かの手に渡ればレジストされる所有者も変わる。その男の名前がジョン・Gである可能性は少なくなるけど…。または、あの映画の後、テディの車をいつもの殺人の後のように「自分の車」として使ったのだとしたら……。犯人は自分? ってことにもなる? 公式サイトの新聞記事では、レナードは例のモーテルから姿を消したということになってます。映画の後のレナードがどうしているのか、それが一番気になる…。

 と、長々と書いてしまいました。解釈が全く違う人たちもたくさんいると思います。これは単なる私流の(それも公式サイトの情報に頼った)解釈なので、本気にはしないでくださいまし。見た後も、ここまで長たらしく解釈を書きたくなるくらい、あの映画はわけのわからないことがいっぱいあって、楽しいってことです。ああ、たっぷり楽しんでしまいました。