今回のシングルはは吉本興行&日本テレビによる「Laugh & Peace」のキャンペーン・ソングです が、私もお笑いは大好きなので(特に関西ノリが)、今回の企画に参加できて嬉しく思っています。 ただ、歌詞を書く上では、TM NETWORK の持つイメージとヴォーカルのウツ(宇都宮隆さん)の声 の雰囲気が、「お笑い」というテーマとをどう結びつけるかでかなり迷いました。何度か書き直した 末、最終的には日テレの土屋部長(電波少年ではT部長でおなじみの方)と交わしたお話の中に、 納得できるテーマがみつけることができて完成にたどりつけました。土屋部長のお陰です。そこま での裏話みたいな感じだけど(私の心の中での紆余曲折も含めて)書いてみたいと思います。  依頼があった時点で楽曲のデモの方はすでにできあがっていて、小室哲哉さんと日テレの間で の打ち合わせも済んでいて、後は歌詞! って状態でありました。で、音源と共に最初に私に与えら れた情報というのは、「Laugh & Peace」キャンペーンであるということと、その曲がまずはテレビ番 組「電波少年」で、お笑いコンビ「カラテカ」の矢部太郎さんのコーナーに使われるということでした。 毎回見ていたわけではないんだけど、たまたま矢部さんのモンゴル編とアフリカ編だけは見ていて 知ってました。T部長に連れ去られて見知らぬ国に置いていかれ、そこで現地の言葉を勉強して、 最終的に現地の言葉でお笑いを披露して、人々に笑ってもらうためにがんばる、というコーナーで す。  個人的にこの矢部さんの語学の才能と、華奢な身体に似合わないタフさと純朴なリアクションが 好きだったので、そのコーナーで使われると聞いて嬉しかったです。そしてその矢部さんが向かう のは今度は、なんとアフガニスタンと聞かされてびっくりしました…。心配しました…。心情的に矢部 さんのファンである私は、見知らぬ(それも危険が待っているかもしれない)大地にたたずむ矢部さ んを、そして灰色の道やら荒れた山地やら貧困や戦場に生きる人たちと対峙する彼自身の気持ち をいろいろと思い浮かべていました。  そして、悩んだ末、彼のことを、歌う側が応援するシチュエーションで歌詞を書きました。「人を笑 わすのって強さがいる。どんなに自分がへこんでいても誰かを笑わせることができる人のタフさを 応援したい」という敬意をこめた歌詞でした。で、それでメンバーからもOKをもらって、歌入れをして 日テレに音源を届け、さて次の曲にとりかかるかと思っていたところ、ある日スタジオに行くと――。  「みっこちゃん、大変だよ」と、キネちゃん(木根尚登さん)が言う(しかし”みっこちゃん”と呼ばれ るのもさすがに年齢的に恥ずかしくなってきたなあ)。他のスタッフもウツも困った顔をしている…。 「?」と思ったら、なんとスタジオにあるミーティングルームに日テレの土屋部長がいらっしゃってい て、私に歌詞を書き直してもらいたいと言っているというのでありました。「そっかあ。じゃあ、お話 聞きます」と答えてミーティングルームに向かいました。  私も作詞で食ってる身。何度も経験してる書き直し自体には慣れてます。ただ、今だから言える けど…(でもちょっと小さな声で…)。その時点の私は「Laugh & Peace」というテーマがいまひとつ ピンと来ないままだったのです(Love&Peaceのパロディとわかっていても)。だから私は、ちょっと 構えて(譲れない部分はそう言おうって覚悟して)部屋に入っていったと思います。  でも、ありがたいことに予想したような緊張した展開というのはありませんでした。部屋にいた土 屋部長は、ちょっと困ったような、テレビでは見たことのない生真面目な顔をされてました。そして、 挨拶するや否や私に向かってつぶやくように出された土屋部長の言葉は、私の構えをすぐなくして くれたのです。  土屋部長は「(電波少年の)映像と合わせて何度も何度も曲を聴きました。…で、なんか、照れく さいんですよね…」と言いにくそうな顔でつぶやきました(テレビと印象が違う…)。「矢部が行く場所 では、いろんな人が人のためになろうとして働いているのに、そこでお笑いをするんですよね。だか らこれごときを応援してもらっちゃいかんと思うんですよ」と…。  なるほど…と、土屋さんのストレートな気持ちと、その客観的視点にハッとしつつ、「そうですね…。 混乱した国に行ってお笑いをするってのは、ある種顰蹙もんですもんねー(笑)」と答えた私…(場を 和ませるつもりで言ったんだけど、ハズしてしまったようが気がする…)。それに土屋部長はちょっ と笑みを見せつつもまた生真面目に続けました。  「…お笑いというのは、人の役に立つわけでもないし、ちょっと冷遇されている分野でもあるわけ で。ましてや平和のためになにかができるわけでもない。だけど、目の前の子供とかがわははって 一瞬笑ってくれたら、それだけでもいいなって思うんですよ。それしかできないけど…。だから、今 の歌詞だと、そんなたいしたもんじゃないって感じで……とにかく照れくさいんですよね」  飾りも駆け引きもない正直な言葉を聞いて、土屋部長がいわんとすることがすっと心に入って来 たのは、もしかしたら私もずっと同じようなことを感じていたからかもしれません。私はお笑いではな く音楽をやっているけれど、決して人のためにも平和のためにも現実的には役に立たない職業な わけで…。その中で、ふと誰か見知らぬ人の心が和んだり、楽しませたりできたらいい――そうい うものだと思っています。で、実は私は私で「Laugh & Peace」という言葉に照れくささというか、多 少の抵抗を感じていたのでした…(その時はいえなかったけれど)。  それから1時間ほどいろいろと「笑い」と歌詞について話しました。で、土屋部長が言いたい気持 ちが納得できました。土屋さんはワンコーラスだけ変えてくれればいいとおっしゃってくれたけれど、 私は「理解しましたんで、最初から書き直させてください」と答えました。一度テーマの方向付けがな された後に一部を変えるほうが難しかったりするし。  「ただ…。TMのファンの人たちにはキャンペーンを離れてもTM の楽曲としても通る曲として聴い てもらいたいので、 特に“平和”を訴えるって感じじゃなくて、笑いと音楽で何ができるかな…って感 じでいいでしょうか? TM の楽曲としても、笑いをテーマとしても、両立できたらいいなと思うんで…」  と伝えたら、土屋部長も納得してくださいました。締め切りの日にちもいろいろ日テレ側で工夫し てくださって、十分な時間もいただきました。「理解しました」と断言したけれど、実際は「お笑い」っ てなんだろう。「お笑いをやる人たちの気持ちってどうなんだろう」「音楽との共通項は?」「ぶっちゃ けたお笑いの歌詞はTMじゃないしなあ」とか、またしばらく悩みまくり。シチュエーション、背景、登 場人物像などを設定することが、私の作詞の始まりなので、またそこから始めるためにも…。その 間にも土屋部長さんとメールのやりとりをして、その時点で考えていることを伝えたりしました。  で、ある日スタジオのスタッフが語った話を思い出しました。それはテレビで見たアフガンの子供 たちが何ヶ月か日本に滞在して帰った後までのドキュメンタリーの話。日本の子供たちと一緒に生 活していたアフガンの子供たちは大喜びだったそうで…。最初それを聞いたとき、「あまりにも環境 が違う国での生活の後にアフガンの日常にまた帰るのは酷なような気もするけどな…」と思ったん だけど、「いや…。それが帰った後も子供たちが楽しそうにしてるんだよね。とっても楽しかったって。 ひとときの日本でのいい思い出でも夢与えてくれたって。その顔見てて、やっぱり、笑える一瞬があ るだけでもいいことなんだなって思ったな。戦場や飢餓で生きるか死ぬかの状況にいると、人間は やっぱり笑えないもんな…」と、スタッフが言ってました。  そういえば、タリバン政権下のアフガンは音楽さえも禁止されていたという…。それでも人々はそ っとカセットデッキを車に乗せて音楽を聴いていたって何かのレポートで読んだっけ…。そんな状況 下だったら、それこそお笑いなんてあったのかなあ…。あったらいいなあ…。と思いながら、スタッ フが言っていた「笑いがあるところには平和が生まれるんだよ」という言葉をもう一度部屋で噛み締 めた時、私の中にずっとあった「Laugh & Peace」という言葉に対する抵抗感(その言葉をおまじな いみたいに唱えたからって現実的な解決になるわけじゃなし…という気持ち)が弱まりました。歌や 言葉に解決や答えを誰も求めてるわけではないのだからと…。  で、その言葉をサビにすんなりとはめこむことができました…(それを入れたことで、番宣や番組 中のジングルにも自然に使ってもらえたしね)。そして、その瞬間、テーマとシチュエーションがはっ きりしたような気がします。励ます側ではなくて笑わせたいと思う側になればいいのかも…って。本 当はすでに土屋部長が語っていたことなんだけど。シチュエーションが決まると情景も頭に浮かぶ。 それまでなかなか言葉に表せなかったことが、するするっと言葉になった瞬間でした。  ワンコーラスができた後は霧が消えたような気持ちであっという間に全コーラスが完成できました。 タイトルは「Castle in the Clouds」。英語にはよくある言い回しですが、そのまんま「雲の中の城(高 いところに聳え立つ城)」という意味の他に、「架空の、想像の、城」という意味もあります(in the clouds がイディオム)。  人が求めるもののほとんどは形のないもので、なかなか手に入らなかったり、届かなかったり…。 愛情も、笑いも、平和を望む気持ちも、個人的な夢も、架空の城を求めるようなもの。架空の城の ようにすぐに消えてしまうかもしれないけれど、誰かを一瞬だけでも幸せな気持ちにできるかもしれ ない。できなくても、そういう架空の城を持っていたい――そういう気持ちでタイトルにしました。「天 空の城 ラピュタ」とか思い浮かべる人もいるかもしれないけど、ラピュタから来たわけではないです (笑)  お笑いも音楽も、誰かを楽しませたい、和ませたい、共感してもらいたいという気持ちから生まれ る。実際的に世の中の役に立つわけではないけれど、どちらも誰かが楽しんでくれてナンボの仕事。 お笑いの人は特に精神的な強くないとやっていくの大変だろうなあって個人的には思ったりします が。悲しい自分がいても、へこんでいても、人前に出ればボケたりツッコんだりして誰かを笑わせ続 けるなんて…。知り合いのお笑いの人たちは素の時はすごく生真面目でネタを真剣に考えている 人が多いです。たまにその心の中を覗いてみたいなあとか思う。  と、いろいろな思いを巡らせて、やっと歌詞ができあがったのは、仮歌の前日の真夜中でした。そ のまま歌詞をメールで土屋部長に送り、時間がないんでケイタイに電話までして確認を急がせてし まいました(申し訳ない!)。――で、土屋部長から返ってきたメールは「僕が思ったことそのまんま でびっくりしました。少なくとも僕は(この歌詞が)大好きです」と…。気を遣ってのお言葉だとは思う けど、悩んだ分、嬉しかったです……(単純)。とにかく、もう一度書き直しじゃなくてよかった…(ほ っ)  ずっと心配して待っていてくれてたR&Cの担当の人にもその言葉を伝えたら、一緒に心から喜ん でくれて、メンバーも喜んでくれて。やっと晴れて歌入れができると同時に、隣のスタジオではてっち ゃん(小室哲哉さん)もどんどん音を足していってました。聴くたびにオケが変わってくのが楽しみで した。基本アレンジは吉田建さんのものですが、シンセやサンプリングを重ねるたびに、小室哲哉 色が出てくるのがおもしろい。  久しぶりだったし、今までと違うアプローチの仕事でしたが、作詞依頼があってからずっとケアして くださるたくさんのスタッフと、心配したり励ましてくれるメンバーにも感謝。        2002年11月   小室みつ子